ちまちゃん以前に実家で飼っていたうさぎさんたちを紹介するページです。うさぎの飼い方が確立されておらず、飼育書もあまりなかったので、牧草を与えない、狭いケージで飼育などなど、結構悲惨な飼い方をしてしまいました。それでも一所懸命彼らが幸せになるよう工夫したし、それに応えてけなげに生きてくれて、家族を和ませてくれました。感謝と懺悔の気持ちをこめて紹介いたします。

トリカラーダッチ種のキナちゃんです。
うさぎ趣味に走るきっかけになった、ひ弱なオスのうさぎさんです。弱いくせにいつも孤高をたもって人になつかず、晩年はぼけ?てしまって哲学者のようでした。睾丸に悪性膿瘍ができて去勢手術を余儀なくされた、気の毒なうさぎさんです。この写真ではまだ切り取られていない大きな睾丸が写っています。腫瘍が頭ぐらいの大きさになり、走るとき邪魔そうでした。おこづかいの少ない高校生の身では獣医さんに連れて行けず、皮が破れて中身が出るまで放置することになってまいました。父は安楽死させようとひどいことを言いましたが、母がお金を出してくれて手術することができました。
手術後一年くらいは穏やかに生きてくれました。だんだんと弱って5歳でなくなりました。てんかん発作を起こしたり、スナッフルにかかったり、皮膚病ではげたり、いろいろと教えてくれたうさぎさんです。

名前を付けるのが面倒で「パンダうー」と呼んでいたら、いつのまにかそれが定着してしまいました。よく「パンダうさぎ」と呼ばれて売られていた典型的なダッチ種のオスのうさぎでさんす。
ダッチ種は気性が荒いのが多いようで、パンダうーも頭はいいけど攻撃的な性格でした。縄張りを守ろうとしての行動でしょう、人間が通りかかると誰彼かまわず噛みついたり、目を離すとキナと血みどろの大喧嘩をしました。私の左手首にはパンダウーが噛みついた跡がいまだに残っています。庭を掘った穴を掃除しようとしたら突然手首に噛みついてきて、スッポンのように離れないので頭をわしづかみにし、顎をこじ開けて離した記憶があります。私が飼い主だったのでとてもショックでした。
「種親にしたいので凶暴でもいいから是非欲しい」と申し出た山奥の農家にあげたところ、他のうさぎと共謀してうさぎ小屋の地下に大穴を掘り、集団大脱走を遂げました。農家の方に大迷惑をおかけしました。パンダうーのその後の行方は不明です。

一時的に人から預かったうさぎなので写真がありません。似顔絵で我慢してください。眼の周りが黒かったのでドワーフ・ホトだったかもしれませんが、瞳の色は水色でした。真っ白い毛皮がとても美しく、気位の高い男の子で、まるで王子様のようでした。庭のない元飼い主の家で乱闘の限りを尽くし持て余しているのを、庭のあるうちの実家で預かったのでした。けれどキナがまろりんの出現に仁王立ちになって怒りまくったので、やっぱり「種親にしたい」と申し出た先述の農家にさしあげたところ、運悪く鉄砲水で小屋ごと流されて行方不明に…。たらい回しにされた上、血筋がよいのに子孫も残せず、土石流に呑まれた本当にお気の毒なうさぎさんでした。
キナ亡き後、ペットショップで似ているうさぎを探し回り、そのあげく西新井大師の露店で買ったダッチ系雑種のうさぎさんです。買ってきてまもなく死んでしまったので元気な時の写真がありません。色合いが難しいので絵も描けませんでした。すみません。
我が家は「うさぎは茶色」と決めており、この子を買ってきたら妹に「茶色じゃない!」と怒られました。家にゴキブリが大量発生したのでバルサンをたいたところ、庭に出していたのにもかかわらず、コロッとお亡くなりに…。まだ体重が200gそこそこしかなく、乳離れも早過ぎるくらいだったのに、配慮が足りませんでした。うちに来てたったの一週間。酷いことをしました。以来、子うさぎを育てることに非常に気をつかうようになりました。

pontano webの名前の元になったのが実はこのうさぎさんです。
やはり西新井大師の露店で買った雑種の女の子です。はじめはポンタという名でした。赤ちゃんでうちに来たときからかなり肥満していて、売ってるおばちゃんが「この子は男の子よ〜」と自信たっぷりに断言したし(露天商だし…パンを与えて水はやるなとも説明してたし…)、冬毛のタヌキみたいな毛並みだったのでそういう名前をつけられました。成長して女の子とわかりポンターノと改名しました。
甘いものが大好きで、とても美人なポンちゃんでしたが、肥満のためか子宮の病気か、原因がわからないまま4年で病死。この写真は最後の頃の写真なのでやせてます。割と気に入っていたうさぎさんなので、健康管理がきちんと出来なかったことを深く反省しました。

妹がものすごくかわいがっていたトリカラーダッチ種の女の子です。
あまり頭はよくなかったけれど、誰にでもなつきました。抱っこが大好きな不思議なうさぎさんで、人がいると喜んで走ってきてお尻をこちらに向け、抱き上げられるのを待っていました。甘えん坊だったのかもしれません。おっとりとして、なごみ系の性格でした。
その割には凶暴なところもあり、散歩に来た猫ととっくみあいの喧嘩をして撃退したことも。ぎゃんぎゃらと猫とからみあいながら団子状態で外階段から降ってきて、猫が逃げたあと抱き上げたら、口が血で真っ赤になっていて驚きました。チョビには怪我ひとつなかったので、猫の血だったんですね。その後その猫は姿を見せなくなりました。
田舎の別荘につれていったときに、深夜ケージに進入した毒蛇にかまれて急死してしまいました。外に出しておくと野犬に狙われるからと、囲炉裏の土間にケージを置いたのに、縁の下から蛇が入ってきたみたいでした。キーッ!という叫び声が聞こえたので慌てて見に行ったら、もう息を引き取るところでした…。まだ三歳で元気いっぱいだったのに…とひどく後悔しました。大学の研究で一緒に田舎に来られなかった妹は悲しい知らせにショックを受けていました。

私が特にかわいがっていたうさぎさんです。雑種、オスです。不正咬合があり、歯茎の袋に膿がたまって頬が膨れたり、涙が止まらないという持病を持ちつつ、いい獣医さんに診てもらっていたため長生きできました。いつもはじけるように元気で、若い頃はカーテンをくわえてダンスを踊るのが趣味でした。おかげでカーテンはボロボロになり、プラネタリウムみたいに明かりが透けるねと笑ったものです。
つぶらな瞳でじっと人の眼を見、いろいろ要求を訴える、とても頭のいいうさぎでした。赤ちゃんの時から私にはべったり甘えん坊で、常に私の後をついて回ってました。二度ほど生死の境をさまよいましたが、いつもの獣医さんの治療とつきっきりの看病で奇跡の復活をとげました。
享年9歳、持病を抱えながらも天寿を全うしてくれたといえるのかもしれません。
おまけ:ポポ吉君の赤ちゃんの時の写真です。